ふらつき弁護士ゆけ ~高校中退から弁護士を辞めるまで~

スティックシュガーを食べて生きてた僕の生き方。

自由と幸せ。

自由を自由に定義してみる

僕は人生を通してずっと求めてるものがあって、それを自由って呼んでいた。

でも自由って実は広かった。

思ってた以上に自由は自由で、僕が呼ぶものと人が呼ぶものは重なりそうで、でもたまにどこか違う世界線にいたりした。

だから今日はもう一回、自由について本気出して考えてみる。

 

 

僕が自由を一番感じるのは旅をしてるときだった。

バックパック1つで飛行機に乗った瞬間から始まるもの。

誰も僕を知らない場所にいるとき感じるもの。

一人でひたすら車を走らせて南を目指していたときに感じたもの。

PAヒッチハイクするとき感じたもの。

 

ふと思う。

これはもしかして、縛られていなくて、世界との間に余計なものが何もない状態かもしれない。

 

世界と僕だけ。

属するものとか、外から加えられる力が何もなくて、僕は世界を好きなように捉えていいし、世界は僕を一人の人間として置いてくれている。そんな状態。

どこの会社に勤めてるとか、どこの大学に通っているとか、明日やるべきことがあるとか、そんなものが一切ない。

 

もしかしたらそれは他人の意思が一切介在していない状態なのかもしれない。

1秒後の行動は全て自分で決めていいし、全ての責任とか結果を自分だけで受けとめていい。

(いつでもそうかもしれないけど他人の期待、役割の責任、所属することで求められる言動とか躾etc.もう全て正直煩い。黙れ。)

 

うん、なんかスッと落ちる。

今のところはこういうものを自由と呼ぶことにする。

(思ったより早い展開で結論出たけど考えてる時間は長かったんだよ)

 

生きている実感

こういう自由を享受しているとき感じるのは

『あぁ自分生きてるな』

っていう躍動感みたいなエネルギー。

 

何にも流されてないしね。

自分でオール漕いで進むしかないもんね。

 

レールの上でなんとなく滑っていくことは昔から大嫌い。

流れるプールよりも大海で泳ぎたい。

(流れるプールで力強くクロールしてる人達はすごいと思うけどなりたいとは思えない)

うーん、流れるプールは他の人が作り出した渦だから嫌なんだな多分。

 

世界と僕だけの感覚がある状態が自由で、

そこで進むも停まるも自分に委ねられていると生きている感触があって、

そういうときに幸せだなー満たされてるなーって感じることが多い。

 

まぁ食べ物も物理的に進む道も着ている服も、他人が造りだした潮流で生まれたものなんですけどね……。

無人島まで泳いで辿り着いてゼロベースで生きるのが本物の自由なのかな)

 

人生との絡め方

なんとなく自分が好きな自由とか幸せっていうものが分かったものの。

これらをどうやって今後の生き方と交わらせていこうかなと考えてみると、難しい。

 

好きに旅して自由を謳歌してお金がもらえるならいいんだけど。

そうやって生きてる人もいるんだろうけど。

 

これは今後の課題として置いておく。

 

とりあえず今日は少し自分の『自由』を考える時間として。

ではでは。