ふらつき弁護士ゆけ ~高校中退から弁護士を辞めるまで~

スティックシュガーを食べて生きてた僕の生き方。

テンションの上がる人生を。

タイで働き始めた理由。

僕が今まで行ってきた海の向こう側。

そこで過ごした時間がとてもワクワクするものだった。

きっとそれを求めて人生いつも迷ったり進んだりしていたんだと思う。

 

タイに就職する前、司法試験を受ける前、僕は台湾で過ごしていた。

 

 

そして台湾から日本に帰ってきた2016年の冬。

僕は人生で一番はっきりと海外を求めていた。

 

当時書いた文章の熱量はいつ見ても考えるものがあるし、

定期的に見返して進む道を考えるきっかけになっていると思う。

 

2016年。

タイのバンコクに遊びに行き、台湾の高雄にあるゲストハウスで過ごした日々。

少しずつ綴って書き上げた文章を、もう一回ここに載せてみようと思う。

 

 タイのバンコクで、いわゆるGに襲われた。僕はベッドで寝ていたのだけれど、気付けば奴は僕の耳元でガサガサと動いていた。最初はなにか違和感を覚えた程度で軽く手で振り払ってみた。そのときに手に何かの感触があった。気のせいかな、と2秒ほど目を閉じたまま考えて、目を開けた。横向きで寝ていた僕の目の前に大きな影が飛び込んできた。そう、奴だった。2秒前に僕の耳を襲っていたのは目の前の黒い物体だと理解した。僕は飛び起きた。もうパニック。そっから先は覚えてない。
 とりあえず3日間はまともに眠れなかった。僕はそれまで特にGが苦手というわけではなかった。でも、バンコクでの出来事で僕は一気にGが苦手になった。

 
 バンコクは思っていたよりも都会だった。それでもフィリピンで感じたような空気もあった。高層ビルも有名ホテルもあるのに、少し道を外れれば、何かが、こわい。
 お金を求めてくる子達もいた。ネット上でも、大学の講義でも、もはやどこでも、物乞いの子供たちについて触れた文章をよく見かける。僕はそれが好きではない。理由は分からない。僕もそんな子供達を目にする機会は何度も何度も何度もあった。Money, money と言われたときの何ともいえない気持ちは何度も経験してきた。でも、どうしてそんな気持ちになるのかは今でも分からない。どうして僕はお金を渡さないのか分からない。どうして僕は彼ら彼女らの商品を買おうとしないのか分からない。
 フィリピンにいるとき、日本人が少年達の商品をもらうだけもらってお金を渡さないという場面を見たことがある。正確には、彼は僕と同じ語学学校に通う知り合いであった。彼は子供達を騙してやったんだと喜ぶように笑っていた。僕はすごく怒った。すごく怒鳴った。日本人相手なのに英語で怒鳴ってた。マジ滑稽。
 でも、どうして怒ったのか分からない。もう1回、同じ場面に遭遇したとき「怒っていいのかな」と考えるんだろうな、と思う。僕は彼の代わりに子供達に料金を払うのかな。彼から商品を奪い取って子供達に返すのかな。
 その子のためにならないからお金は渡しちゃいけないよ、なんていう文章はすぐに見つけることができる。彼の行為は日本の法律に照らすとこうですねってことも言えたりする。
 でも、自分がどう感じているのかを上手にすくい上げて言葉で表現することができない。きっと一番大事なところなのに。すごく大事なところなのに。正解ばかりを追いかけて、正解とされるものがあると信じ続けてきて、自分の気持ちだったり思ったことを素直に表現したり深く考えることをしなくなったのはいつからだろう。
 そんなことをバンコクで思い出したり考えたりしてみた。僕はクラブで思いっきり楽しんだあとの帰り道だった。ものすごく可愛らしい顔の女の子が信号待ちの僕らに寄ってきた。アルコール漬けの僕が少し醒めた理由と、顔を少し上げて女の子を視界の外に追いやった理由は、やっぱり分からない。

 
 日本を発って1ヶ月。今は台湾の高雄にいる。初めて海外で自由に生活している。語学学校に滞在する1ヶ月と、自由に生活する1ヶ月は時間の流れ方が全然違う。語学学校はあっという間。1日の大半を勉強に費やしているからだと思う。正確には日の出ている間。沈めばパーティ。アルコール万歳。
 台湾に来てから僕はひたすらに本を読む生活をしている。約2週間、約30冊。でも人様に堂々と言えるような本ばっかりではない。「女性の口説き方」「3日でベッドイン」なんていう本もある。日本で自宅の本棚にはとても並べられない。Amazon unlimitedありがとう。
 なんで僕がこんなに本を読んでいるかって、ある日本人に出会ったから。彼とは北海道でリゾバしてるときに知り合った。たまたま数時間ほどゆっくり話す機会があって、「こいつだ」って思った。勉強漬けで感覚が麻痺していた僕には、数年ぶりの刺激。それはそれはもう心躍るものとなって飛び込んできた。25歳の彼は27歳の僕を完全にインスパイアしてくれた。
 彼が北海道のリゾバのあとに台湾にしばらく住むって言うから、僕は彼を追いかけて台湾に来た。タイはおまけ。僕と彼は毎朝カフェで数時間話す。10時くらいから12時くらいまでが多い。そこから遅めのブランチ。スローライフって素敵だね。南国タイム大好き。
 彼と話していて僕は自分の人生を後悔することが多い。僕は今まで何をしてきたんだろうって。何年間ムダにしてきたんだろうって。そうして僕は本を読み漁るようになった。少しでも人生を変えたくて。今からでも人生を取り戻したくて。彼と同じように話せるようになりたくて。彼と同じように魅力ある人間になりたくて。魅力の意味の半分はモテだけど。あぁマジ恥ずかしい。
 でも僕は彼にはなれない。だから僕自身を受け入れて僕の幸せ、僕の満足を探し続けようと思う。彼のこと全てを肯定して真似するのではなく、僕自身の中に彼の素敵なところを取り込んでいこうと思う。
 彼がどんな人間かちょっと話したいと思うけど、でも僕なんかに形容できる人間じゃないから、とりあえず意味わかんないくらいモテるってくらいの説明で終わらせておきます。
 台湾では色んな人に出会った。カナダ、韓国、ミャンマー、フランス、オーストラリア、香港、スペイン、マレーシア。色んな話をした。僕が一番好きな時間。
 台湾では英語上手だねって言ってもらえることが多かった。日本人ぽくないけどなんで?って聞いてもらえると嬉しくて嬉しくて。本当は、世界中で日本人が英語超下手って思われてるからこそなのかもしれない。それでも、僕は素直に喜んでありがとうって言える人間になりたい。だから返す言葉は“Thank you”(満面の笑みで)。でも自分の英語に自信なんて全くない。言いたいこと言えないことも多い。だから、これからも絶対に努力し続けようと思う。世界中の女の子と仲良くなるために!yeah!!

 
 そして金曜日の夜に僕は日本に帰ってきた。2016年11月25日。仙台空港着。半袖を着ていた僕は東北の寒さに迎えられた。ガチ寒い。2度ってなんですか。気温差約30度。
 スーツケースの中身を片付けたり、近所のラーメン屋さんで友人とラーメンすすったり、自宅でコーヒーを惹いたり、そんなことしているうちに仙台に帰ってきたんだなぁって感じたりする。
 でも僕の人生はここにない。日本には絶対にない。どうしてもそう思ってしまう。ものすごく泣きそうな気持ちになる。僕はどうして今、日本の東北、宮城県仙台市の田舎にいるんだろうって。日本のことは大好きだ。地元のことも大好きで、心地よい生活に落ち着く瞬間もある。それでも、僕はここで生きたいとはどうしても思えない。あんなにわくわくさせてくれる世界が海の向こうにはあって、あんなに満たされた生活が現実にあることが分かっている。
 今まで海外で過ごした時間はまだ1年にも満たない。初めての海外はイギリス。高校1年生。2週間。よく分からないまま帰ってきた。それでも海外というものに興味を持った。次はオーストラリア。大学2年生。3ヶ月。イギリスで感じた何かを確かめるように日本を出た。僕の人生はここで少し変わったと思う。多くの国の人と色んな話をした。同じ人間なんだって実感を持って理解できた。そして間違いなく最高に楽しくて青春を謳歌した3ヶ月だった。その後、旅行を含めて数カ国。そして、今回のタイと台湾。台湾での生活は確実に僕の人生のターニングポイントになる。むしろ、する。
 僕はどうしても、どうしても日本を出たい。今まで漠然と、でも確実に、世界に出たがっている自分には気付いていた。この1年で、夏で、彼と出会って、台湾での出会いがあって、僕は絶対に世界に住みたいと思った。それはもう今までとは比べられないほど、強く。
 やりたいことは変わるかもしれない。今までも何度も変わってきた。でも、今の自分が本当にやりたいことを追い続けたい。
 だから、僕は毎日を一生懸命に生きようと思いました。ムダにしてきた日々も気にならないようになるくらい、これからの人生を満ち足りたものにしようと思いました。笑われてもいいし、失敗してもいいから、1日1日を大事に全力で生きようと思いました。今から人生を始めます。もう1回。でも、焦らず。ゆっくりと。

 

理由なんてなくていい。

何度読み返しても、この熱量で文字を紡げたことは人生でこの時だけだなぁと。

それくらい本気で心の底から思うことがあったんだという記憶。

 

じゃあこのエネルギーはどこから来たのかって、

単純に「そうしたいと思ったから」でしかなかった。

 

僕の人生はここになくて、今すぐ出ないと死ぬんじゃないかってくらい日本を出たかった。

理由とか考えるほどの余裕もなく、こみ上げるものがあって、そうしたくてたまらなかった。

なんで海外に行きたいかって、行きたいと思ったから。

 

そうして1週間後に台湾に戻ってアパートを借りたわけです。

 

あの時、衝動に身を任せて行動したことで、

僕は絶対に一生忘れることができない時間を台湾で過ごすことができました。

 

司法試験受けるかもなのに台湾に行って大丈夫かなーとか、

お金もいつなくなるか分かんないしなーとか、

冷静に考えれば不安な要素とかリスクみたいなものもあったと思う。多分。

 

でも、どうしても行きたかった。

それだけだった。

 

きっと、何かをやりたいときに理由なんていらない。

本気でやりたいと思ったら、きっとそれでいいんだと思う。

その思いに身を任せて、飛び込んじゃうのがいいと思う。

そうやって過ごした時間が、きっと人生の幸せなんじゃないかなって僕は思う。

 

テンションの上がる人生を。

人生は短いんだ …!

テンションのあがらねぇことに… パワー使ってる場合じゃねぇ …!

突然ですが。

漫画の宇宙兄弟が僕は大好きなんですが、名言多いですよね。

その中でも僕は定期的に思い出す台詞が上のものです。

 

リック・ビンス・ピコの親友3人組の話。

宇宙関係の仕事に就きたいけど、片田舎で周りに笑われていた3人。

ビンス・ピコの2人は親の反対に負けて、地元の工業学校に行かせられそうになって、リックと仲違い。

そして直後、リックが交通事故で帰らぬ人に。

その後の、ビンスとピコのセリフでした。

 

 

人生は短いし1回しかないし、僕はやっぱり欲張りに生きたい。

やりたくないことなんかに時間も気力も使いたくないし、

やりたいと思ったことは全部やりたいし無理なんて思いたくもない。

 

今の自分を振り返ってみたときに後悔するような日々は過ごしたくない。

あの時も全力で生きてたなって思えるくらいに輝かせていきたい。

 

そうやって過ごしていきたい。

テンションの上がる人生を。